せどうの作業部屋

ウクライナ・ロシアを中心に世界情勢関連を翻訳、日常や趣味投稿も。

ロシアの頭の中:侵攻の背景と私たちが取るべき姿勢【スレッド要約】

【自己note記事より転載。原文↓】

note.com

こちらの要約は、ロシアによるウクライナ侵攻後まもなく私がツイッターで見つけてかなりの衝撃を受けたスレッドになります。

当時私は全くあり得ないと思っていた侵攻が現実のものとなり、かなり混乱していました。「なぜ現代でこんなバカなことが起こるんだ?」と。しかしこのスレッドを読んだおかげで、ロシアのロジックのかなりの部分が明確になり、とてもスッキリしたのを覚えています。

注:ロジックの理解 ≠ 侵攻に賛同

読んだ後は、逆にロシアは本当に危険だと分ったのでその後ウクライナを安心して応援できるようになりました。

ロシアの侵攻理由を理解できずにいたり、双方の主張の食い違いに混乱している方は、是非ご一読を。

こちらが著者カミル氏による元スレッドです。英語がわかる方はぜひ原文でどうぞ。

以下、ツイッターに上げていた私の要約の再掲です。

・全文翻訳ではなく、瀬道なりに要点をまとめたバージョンです。
・誤字修正済み、一部表現を変更(内容には変更なし)
・【】内は瀬道の補足説明です。
・見出しは瀬道が追加しました。


後に引けないプーチン


ロシアに交渉の余地を与えるために『出口』を用意してやる必要があるという意見も出ているが、ロシアが妥協する可能性は無い。

プーチンはもう引くことは出来ない。交渉に、クレムリンでも見下されている文化大臣ごときを送ってることからも明らかだ。

ロシアという国は、勝機があるはずの小さな戦争に負けるごとに崩壊してきた。モスクワ公国はクリミア進行に失敗し崩壊、ロシア帝国は日本に負けて崩壊、ソ連アフガニスタン進行に失敗して崩壊。ロシアは貧困にも不景気にも圧政にも耐えられるが、小さな戦争における敗北だけには耐えられない。

ソビエト軍の戦車の残骸の上で遊ぶ少年たち
アフガニスタン、カブール南部のカンダハール郊外、2015年
出典:https://www.voanews.com/a/syria-not-another-afghanistan-for-russia-veterans-say/3009279.html

皇帝は嫌われていても統治出来るが、尊敬無しには不可能。そして小さな戦争における敗戦は、何より尊敬を失うのだ。

プーチンはすぐにウクライナを落とせると思っていた。FSB【ロシア工作・諜報部】のN5【部門】は、プーチンの聞きたいことしか言わせてもらえなかったからだ。

彼はもう後戻りは出来ない。

上手くいかないことを知っている部下も居るのに、発言すら許されない。【これはロシア政権の構造の根本的な欠点。】ソースによると、プーチンは未だに【2月末時点】良い報告しか受けていない可能性があるという。

【動画は開戦直後の会議と思われるもの。外国情報局長セルゲイ・ナリシュキンは明らかに言葉を濁して欧州との交渉を提言するが、プーチンに発言を遮られウクライナ東部の占領地の独立を認めるか否かをはっきり言うように責められる。】

 

プーチンが国民に『勝利』として発表出来るよう何かしら譲歩してやるべきという意見もあるが、上手くはいかないだろう。

第一に、人々はそこまでバカでは無い。

第二に、【Zのマークで象徴されるプーチンの】好戦的愛国心プロパガンダは成功している。それは、生活レベルの極端な低下がロシア中で見られるようになるまでは成長を続ける。プーチンは自分が始めたZのせいで、Zを推し進めるしか無いのだ

第三に、そしてこれが最も重要だが、ウクライナへの侵攻は事故では無い

これは『勝利の憑依』と呼ばれる、プーチニストイデオロジーの極致なのだ。『勝利』とは、WWⅡにおける勝利のことである。

ロシアのプロパガンダと『ナチス』の理論


『不滅の連隊』(Бессмертный полкと呼ばれるものがある。ロシアが毎年開催するパレードだ。人々は旗やシンボルやWWⅡの殉職者の写真を持って行進する。

『不滅の連隊』<<Бессмертный полк>> 出典:https://76.ru/text/gorod/2019/05/07/66080809/

罪の無い心温まる光景に見えるかもしれないが、これは強力なメッセージを国民の意識に根付かせている。

第1のメッセージは『ロシアが邪悪なナチスから世界を救ったのだ』というもの。つまり、世界は永遠にロシアに対して借りがあることになっている。

第2のメッセージは、「ロシアは誰よりも強く、WWⅡの成功を繰り返すことが出来るというものだ。

「何度だって繰り返せる!」"можем поворить!"
(車のステッカーデザイン)

プーチニストイデオロジーは、『闇の勢力ナチズム VS 光の勢力ロシア』という二元論で成り立っている。

『今』、ロシアに敵対するものは全てナチスと認識されるのだ。

つまり、【彼らの考え方によると】ウクライナ人【もしくはあらゆる他の国民】としての自覚があること自体がナチスである証拠となり、そうでなければロシア人になるはずなのである。

これが、海外では良く理解されていない逆説的なひねりである。

ロシアの単一性を脅かすあらゆる少数派は、

1. 偽物
2. 反逆者
3. ナチス

のどれかだと断言される。ロシアは光の勢力であり、そこに属さないものは全てナチスなのだ。

2020年にプーチンが、ロシア語こそが『国を構成する民族性』であるという項目を68条に加えた時、国内で少数派の反発が起こった。

彼らは即座にナチスだと告発されている。

WWⅡのカルトである『勝利による憑依』(победобесие) は、ロシアの単一民族主義を推し進める根拠として使われているのだ。

ロシアは無限に拡大する権利があり、それに反対する勢力は全てナチスなのである。

プーチニストが見る世界では、戦争は楽しいゲームだ。自分たちはナチスを倒したのだから、誰でも倒すことが出来る。自分たちは誰より優れている。


現代ロシアの戦争挑発の狂気は、信じられないレベルだ。それは古き良きWWⅡの記憶として表現されているが、実際はこれは次の戦争への準備なのだ。

このキャンペーンの暗い一面は、子供達の関与である。『勝利による憑依』(победобесие)で検索すれば、戦争挑発のプロパガンダのために子供達を利用した画像が沢山出て来る。

『勝利による憑依』"победобесие" をテーマにしたカレンダー
出典:https://www.exler.ru/blog/pobedobesiye-na-marshe.htm

西洋人には、このプーチニズムの屍姦的で軍国主義的なアジェンダはなかなか理解出来されないのだ。

「自分たちはナチスに対抗する光の勢力なのだから、抗うものは全てナチスである。」

それが、海外の分析者が読み解けていない今回の侵攻の背景だ。

プーチンは、20年間に渡って、単一民族主義と国土拡大を正当化するためにこれらの戦争挑発とWWⅡカルトを利用してきた。

Zキャンペーンは常識の逸脱ではなく、プーチニズムのエッセンスなのだ。

歴史が示す警告


紛争の段階的縮小を提案する声もあるが、そんなことをすればプーチンに体制を立て直す機会を与えるだけだ。今こそが、プーチンを叩くチャンスなのだ。彼の過ちを逆手に取って今彼をやっつけなければ、プーチンは中国と手を組む。次の戦争はより悲惨なものになる。

誠意をもって語られる段階的縮小の提案は、非常に短絡的な考えだ。長期的な影響を無視している。

①脅かしておいて②息の根を止めない、という流れは、政府の革新を生む。

ロシアがより強くなる可能性を、爆発的に増やしてしまう。今正に必死なのだから余計に、だ。

段階的縮小というのは、プーチンを出来るだけ脅かさずに、可能な限りの希望を叶え、それ以上を望まないのを期待するという意味だ。

それが、1938年にヒトラーチェンバレンと交渉したやり方である。

ネヴィル・チェンバレン(右)、ミュンヘン会談において
ベニート・ムッソリーニ(左)とアドルフ・ヒトラー(中左)とともに 出典:CC-BY-SA 3.0

ヒトラーがズデーテンラントを要求し、西欧は戦争の危機に瀕した。この時ヒトラーは段階的縮小を望んだ【ミュンヘン協定】。

準備が出来ていなかったからだ。

もしここで事が大きくなっていれば、ヒトラーは負けてかもしれない。

チェンバレンは国民思いの分別のある人間だった。段階的縮小に応じて、ヒトラーに譲歩した。いっときの平和を得たが、これがドイツでのヒトラーの立場を強くし、彼に兵器を作る時間を与えてしまったのである。

なぜヒトラーを持ち出したのかと言えば、以下の通り二人の作戦が似ているからだ。

1. 『危機』を意図的に作り出す
2. 譲歩を得て退避
3. 国内での立場を強化し、強くなる
4. 規模を大きくして1から繰り返す

話はそこで終わらない。以下はプーチンが戦争を起こした国と人口を年代順に並べたものだ。

1. チェチェン   1999年 - 1,000,000人
2. ジョージア   2009年 - 4,000,000人
3. シリア          2015年 - 17,000,000人
4. ウクライナ   2022年 - 44,000,000人

プーチンは素早く規模を広げている。毎回、より大きな獲物を求めて。

『鳩』になる危険性


ここでゲーム理論(=囚人のジレンマ)を考えてみよう。

ゲーム理論の例 (出典:http://nabenavi.net/noncooperative_vs_cooperative/

ゲーム理論では、

・相手に協力する(『鳩』)
・裏切る(=協力しない、『鷹』)

のどちらを選ぶかで自分の得られる利益が変わってくる。

ここでもし、相手が確実に『鳩』だと分かっている場合であれば、『鷹』になる事で自分は有利となる。

プトラー【プーチン×ヒトラー】の戦略は、相手が『鳩』であるという前提の上で成り立っている。


相手が『鳩』であると分かっているのであれば、『鷹』を演じる事で自己の利益を最大化できる。紛争を引き起こし、相手は『鳩』になり、自分は最大の利益を得る。そして規模を拡大していく。何度も何度も。

言い換えれば、プトラーの戦略はゲームセオリーで考えれば非常に論理的なのだ。相手が臆病者であるという前提のもとで、利益を最大化する手法なのである。もしこちらのアルゴリズムが「何があっても『鳩』でいる」であれば、「何があっても『鷹』でいる」事がハックだ。

ここから言えることは、『予測可能な振る舞い』をすることは危険だということだ。こちらのアルゴリズムがバレてしまえば、プトラーはそれをハックしてリスクを取ろうとする。

「相手が『鷹』だからといって、こちらも『鷹』になるのは危険だ。何があろうと『鳩』でいるべきだ」と言う考えは通用しない

『鳩』である事が安全なのは、相手がこちらのアルゴリズムをハックしようとしていない時だけ。そうでなければ危険でしかない。

逆にこちらが予測不可能な存在であればあるほど、あちらはハックが難しくなる。相手にとってこちらが激しく抵抗し反撃する可能性が20%でもあれば、相手が『鷹』を選ぶ可能性は大幅に小さくなる。

段階的縮小がバカな考えであるのは、それがこちらを『鳩』であることを明確にしてしまうからだ

それ以前に『鷹』の要素を見せていたとしても、それを塗り替えてしまう。つまりその後あちらはさらに凶暴な『鷹』になって戻ってくるのだ。

WWⅡは、そうやって始まった。連合国は『鳩』を演じ、遠い国での出来事に首を突っ込む必要は無いと、ひとときの平和の為に妥協した。

連合国が倫理的で責任感のある振る舞いをした結果、ヒトラーは相手を『鳩』だと認識し、自らの利益を最大化しようとした。そして連合国がある時点で退くのをやめた時、彼はとても驚いたのだ。

WWⅢも、同じように始まるだろう。

【要約以上】